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| 大宰府の観世音寺周辺から北になだらかな稜線を持つ山塊が見える。四王寺山と総称される山域である、大城山(410m)を頂点とした東西に長い稜線は大野城市、太宰府市、宇美町と2市1町に広い裾野を広げている。 山域の中には数々の歴史的な文化財や学術的にも貴重な遺跡があり、現在は「県民の森」として広く一般に開放されている。この山の登山ルートはいくつかあるが一番判りやすいのは都府楼跡からのコースである。 都府楼入り口の駐車場を利用し、広大な大宰府政庁跡に立ち、7世紀後半から奈良、平安時代を通じて日本の西の要として九州全体の防衛や他国との外交を司った巨大かつ典雅な構築物に思いを馳せながら北へと山に向かって歩く。 車道に出たら、都府楼跡の西側の道を山へ向かって5分も歩けば左側に登山口を示す標識が立っている。これは現在(平成18年3月)少し先の坂本登山口からの道が土砂崩れで不通のための回り道だが、ほぼ登山道と平行して登っている。40分で稜線に出て右へ行けば、猫坂礎石群を通って県立四王寺県民の森センター(以下センター)まで15分、左へ稜線を辿れば5分で展望台、さらに25分で大城山山頂の毘沙門堂に着く。林の中にひっそりと社が立っているだけで展望は無い。 ここから毘沙門堂の北側の道を下って行けば八ツ波礎石群を抜け、車道を横切ってさらに下ると山頂から15分程でセンターに着く。案内所に立ち寄って地図を貰えばいろいろと親切に教えてくれる。 さてタイトルに四王寺山と書いたが、この名前を持つ山は今はもう無い。センター東側の[子供の国]から北側に[焼米ヶ原]へと示された道がある。少し登れば林道に出て、そのまま横切れば広場に着く。北東の眺望が良く宝満山から太宰府市が一望のもとである。ここが焼米ヶ原であり、大野城跡であり、四王寺山の跡でもある。 ここからは林道を下る方が良い。20分も下ってカーブ番号23番を過ぎると、左側に岩屋城跡の案内板が立っている。ここから登ればすぐに道は左右に分れていて、左は大野城跡、右は岩屋城跡とある。 右へ行けば1分で城跡に出る。西暦1586年、薩摩から攻め込んできた島津勢5万余騎の軍勢と戦い、城兵763名と共に討ち死にした城主であり、戦国の武将の誉れ高かった高橋紹運を偲び「嗚呼壮烈岩屋城址」の碑が建てられている。一旦、もとの林道に降りてそのまま横切り細道を下れば、2分で高橋紹運の墓地に着き、右手の「大宰府跡、観世音寺」の案内板から下れば20分で都府楼跡に出る。また車でセンターまで登り、貰った地図を見ながら自分でコースを組み立てるのも楽しい。このコースは書けば長いが、慣れた人なら2時間ちよっとで帰ってくる。 いずれにしても1400年の歴史を偲びながら大宰府政庁跡付近に散在する寺社や展示館、さらに足を伸ばせば新設の九州国立博物館や大宰府天満宮なども視野の中である。電車の場合は大宰府駅から100円バスの「まほろば号」を利用するか、駅前の観光センターでレンタサイクルを借りるとさらに便利で活動範囲もぐっと広がる。 広大無辺なロマンの彼方へと心を遊ばせながら花を愛で、シャッターを切り、弁当を開いて心身ともに健康な一日を過ごしていただきたい。 |
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